松井如流
自詠自書の世界

われのなすこと小さけれどなしおれば 心はなほくなりてゆくかな

あつき日にかがよふ紅のきはまりて あなやるせなき百日紅の花

五十六になりたるけふの春曇り 山椿の花一輪やさし

平林寺なかなか遠し雨のなかに 音たててゐる竹の林みゆ

おほ杉の木立の中の白き道 蝶の一つとなりてゆきたし

よべの雨にじめる道のふむによし 春は土より空より来たる

(c)shinichi kyousen suzuki2003 / 無断転載お断りします

「七十自述」

歳八十重しとぞ思うこの春の 花盛りなる庭に下り立つ

いつしかに七十七といふ年むかへ しめらふ庭土黒光りする

この年にみまかりし人のいくたりを 思い出しをり天地又秋風

いくひらの雲かがやけるゆふまぐれ あすへの生きをわれは信ぜん

たかだかとまたしろじろと辛夷さく なんとも老いの心あかるき

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中國詠草




光りつゝ目に入る黄河のゆたかなり 涯なき土と空との中を

雨ぐもの中よりけはしき線みえて 終南の山はかげうすくたつ

かん高く異邦の人のこゑひびき朝より暑し北京の日々

アカシヤの高き並木のつゞく道青きゆふべの空がのぞけり

やや暗き階段の上に光るばかり 花開きたる鉢の白百合

すがしきその眼もて異国のわれらをも見おろし給ふこの北魏佛

夜ふけて寒山詩などよみをれば こころにしみて雨のふる音

はればれと文字は書くべししかれども いつしか夜のふけしにおどろく

紅椿あまたの花びら散らしつつ おのづからなる廣さたもてり

山見えぬこの山國の朝曇り 色赤らみてゆるる穂薄

殘年をただにすがしくあらむため あすへの道をわがもとめゆく

あかかりし紅葉の一樹散りはてて この道平凡冬に入りゆく

失ひかけしもののいくつか数へつつ 金木犀の黄花を愛す

家こもりもてあそふごと筆もちて ほごをつくるかうらやすけかり

遠山の碧玉の肌目にさえて 雨しりぞけし今朝の雲あり

めざむれば瀬鳴りの音す戸を繰れば 朝焼けの山畳なはりつつ

ほのかなる冬のしめりあり曲り来て 檜葉垣みちのかげをゆくとき

粉雪のふるよひねもす影ひきて たえず戦ふごとくにふれり

はつ冬の山脈の肌みな黒し 富士白々とその上に立つ

うすづく夜ひかりてらねば雪のある 畑のあたりがさらにしづけし

この冬の姿を見よと欅立つ 晴れつづく日の真青なる空

冬がれのあしのひとむら聲なくて 元旦の日はひたひにあつし

ひと曲り梅さく村に出でにけり しろじろあかし山の麓は

道のべに野生の柿の小さき實 あまり愛されぬ枝をのばして

みどりこき中にむらがる赤き花 田澤への道がたかまりてゆく

赤松の林の中に驛ありて 明日はすがし混める電車も

起きていてものに倦むに似つふくる夜の 月に向かひてしばしををれば

さつき山我が越えくれば朴の葉の あやにあかるし長名頬の葉

あしたより松葉牡丹が花ひらく あつくなる日のきまりなるべし

自詠歌作品
日本芸術院賞
日展文部大臣賞
作品 
作品選 

その日その日をたのしく

かそかなる光もたらすひとつとも はるのちかづくあかつきの雨

わがたつきまづしかりともあさあさの めざめうれしもすこやかにして

ひとひはれ春のゆうべは古ビルの 代赭の色もかがやきをもつ


炎熱の空にはりつくアドバルーン 孤獨はかかるところにもある

どんぐりの實栃の落葉白い風 秋の演出者が揃って來た園

公園を渡る風あり冬木々は 葉をふるひたる安けさに立つ

日に光り乱れ散る葉の色美し ひとりの足をふみいるる園